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「オープン・シークレット」トニー・パーソンズ著-非二元の話

2017.02.07

宮城県仙台市のヒーリング整体・やすらぎの杜整体院です。

先日ブログに書いた「ホームには誰もいない」の著者ヤン・ケルスショット氏は悟りの探究をしていたのがトニー・パーソンズと出会ったことで探究の終焉を迎えた、ということがその本に書かれていました。

そこで今度はトニー・パーソンズの本を購入してみました。

オープン・シークレット(覚醒ブックス)
オープン・シークレット(覚醒ブックス)

オープンシークレット、すなわち公然の秘密。悟りは常にオープンにされているのだけどあまりに身近すぎて当たり前すぎて誰も気づかない。

頭の上に乗せたメガネが見つからなくて、メガネはどこだと探す笑い話がありますが悟りもそのようなものかもしれません。

悟りについて書かれた本には必ず書かれていますが、悟りを探し求めている間はどれだけ探しても悟れることはないということです。探すことを諦めたときにふと向こうからやってくる

悟ろうとする人がいなくなった時に、悟りの方からやってくる。そしてそこに自分はいない。そして同時にすべてのものが自分だったことがわかる。いわゆるワンネスの体験です。

でも体験というのは体験している主体がいるわけで、その主体がいなくなっているわけですから体験ですらない。悟りの本にはだいたいそのようなことが表現を変えて書かれています。

自分が歩くのを観察している自分から、歩きがただあるということへの移行が起こった。それから起こったことはまったく描写不可能だ。
完全な静寂があらゆるものの上に降りてきたようだった。
ありとあらゆるものから時間がなくなり、私はもう存在していなかった。
私は消え、経験する者はいなくなっていた。

言えるのは、ありとあらゆるものとひとつになるということが起こり、圧倒的な愛がすべての部分を満たしたということだ。
それと一緒に、全体の完全の理解がやってきた。

(本文「公園」より抜粋)

この文章はトニー・パーソンズが最初の覚醒を体験した時のことを綴った文章です。公園を歩いている時にそれは起こったそうです。「歩きがただあるということへの移行が起こった」とあります。

自我が消えうせたときに、すべてのものはひとつだったということがわかり、そこには愛しかなかった、という表現でこの悟りの一瞥体験が書かれているものをよく見かけます。

知識としては何となく理解できますが、でも自分の感覚としてはやはり自分は自分だし、目の前のPCが自分とひとつのものとはわかりません。すべてのものが一つであるということを完全にわかることが覚醒とかワンネス体験などと言われています。

そのような体験?もしてみたいものですが、体験したいと思っている自我がいる限りそれが訪れることはないのです。ではどうしたらよいのか、といえば何もする必要はないと言われています。

悟ろうとしても悟れない。でも悟りに興味もなく好き勝手に生きていれば悟れるかと言うとそうでもない。だいたい、悟ったとされる人はひたすら悟りを求め続けて悟りを諦めたときに悟りが向こうからやってきた、という言い方をしている人が多いです。

思考では到底理解できない世界です。だけど、その世界を味わってみたいです。

ホームには誰もいない-ヤン・ケルスショット著

2017.02.04

宮城県仙台市のヒーリング整体・やすらぎの杜整体院です。

ホームには誰もいない という本を読みました。ジャンルで言うと悟り、気づき、目覚め、覚醒などの分野の本になります。ノンデュアリティ(非二元)という言い方も最近ではよく目にするようになりました。

ホームには誰もいない―信念から明晰さへ(覚醒ブックス)
ホームには誰もいない―信念から明晰さへ(覚醒ブックス)

著者のヤン・ケルスショットさんは7歳の時に「もし自分がいなければどうなっていただろう?」との疑問を持ったそうです。それがきっかけで後に究極の真理の追究へと繋がっていったらしい。

禅仏教やタントラ、アドヴァイタ・ヴェーダーンタなど東洋の叡智を追究して、トニー・パーソンズというこれまた悟りの教師的な有名な人がいますが、この人と出会って探求の終わりを迎えたそうです。

ちなみにタイトルにある「ホーム」というのは駅のホームではありません。魂の源のようなところ。本当の自分を追究してたどり着いたところには誰もいなかったという真理についてわかりやすく解説した本です。

そもそもこのような真理は言葉で表現することは不可能だと言われています。覚者、悟ったと言われている人達の本を読むととてももどかしい表現がたくさん出てきます。

「すべてはそれであった」「この宇宙にはそれしかない」等など。

「それ」、とか「これ」としか表現しようのないものなのでしょう。うまく言葉にできないもどかしさも抱えながら何とか言葉で表現しようと試みている感じが伝わってきます。

特に非二元の世界について書かれた本は難解で意味不明なものが多い印象がありますが、その中でもこの本は比較的わかりやすくこの世界の本質について解説されているように思います。

本の中では様々なワークも紹介されています。ワークを実践することでいつもと違った視点から世界が見えてきます。

悟りに修行は必要か

この本も近年出版されている覚醒した人々によって書かれた本も、悟りの為に修行は必要ではないと書かれています。昔の覚者、聖者のように必ずしも断食や瞑想や苦しい修行を繰り返して覚醒に至るという道を辿らなくてもいいようです。

日常生活の中で一般の人が悟ることも可能であるということなのです。この本に書かれているワークを繰り返しているうちに何かが起こるかもしれません。また覚醒に神秘体験が伴う場合もありますが、必ずしもそれが起こるわけでもなく、起こったから凄いとか何か意味があるとかということもないようです。

悟ることで、聖人君子のようになったり、一生悩みとは無縁に生きられるようになったり、問題がすべて解決したり、といったイメージも一般的にありますが、それらも単に思い込みが作りだした世界であり、悟りとは無関係の話です。

悟りに興味を持ち、その道の探究を始める人には二つの種類の人がいると聞いたことがあります。一つは今の苦しみから逃れたい人や願望実現の延長で悟りに興味を持った人。もう一つは真理の探究をしたい、本当の自分を知りたいという人。

私はどちらも当てはまるような気がします。いろいろな自己啓発や願望実現の本をたくさん読んで実践してきましたが、結局は幸せになりたいという最終目的にたどり着きます。

そしてどんなに自分の外側を物質的に豊かにしても、内面の幸せとは無関係であるとはっきりわかりました。もちろん達成感や満足感はありますが、それらは一時的なものでいずれ消えていくものなのです。

そこから究極の問題解決、究極の願望実現は悟りだ、思って真理の探究に興味を持ちました。本や動画などでそういう情報に触れるようになっていきました。

それに私は本当の自分を知りたい、人間とは何か、人生とは何かということに10代の頃から興味を持っていましたが、年々わかりやすい情報が増えて来てありがたいと思っています。

津留晃一さんの本

2017.01.27

津留晃一さんの本との再会

10年ほど前に津留晃一さんを知りました。

スピリチュアルな探究を続けている人の間ではとても有名な方でした。
私が知った時にはすでにお亡くなりになられていました。

人間らしくて、いいじゃないですか (静かな、わくわくシリーズ)
人間らしくて、いいじゃないですか (静かな、わくわくシリーズ)

当時、津留さんの本を一冊手に入れて読みました。

でもあまり自分の心には響きませんでした。

私の中に本当に悟っている人は健康で長生きするはずだ、という思い込みがあったのです。病気で早く亡くなられたことに対して何か腑に落ちないものがあったのです。

悟った人は、穏やかで、健康で、長生きをして、
いつも穏やかな笑みをたやさず、他人からも尊敬されていて、
慌てふためくこともなく、ゆったりと過ごしている….

そんな感じの思い込みがありました。

ネットで津留さんのことを検索すると
女性問題についてあれこれ批判的な記事も目にしました。

何となく、そのような背景もあり
津留さんのことはすぐに忘れてしまいました。

それから10年ほど経過して、数日前に本棚を整理しました。

整体院にはたくさん本があります。

健康、癒し、自己啓発、ヒーリング、引き寄せ系、悟り系、
ちゃんと数えたことはないのですが多いときは700~800冊ほど。

常時クライアントさんに貸出しもしているので、正確な冊数はわかりません。

ボロボロになった本や、日焼けして表紙のインクが消えかかっている本や
きっとこの先一生読むことはないだろうという本や、
今もこの先も必要ないだろう本など、

とりあえず段ボール二箱分処分しました。

そうして、本棚を整理したところ
久しぶりに津留晃一さんの本を発見しました。

この本があったことすらすっかり忘れていました。

久しぶりに読み返してみたら
10年前にはさっぱり響かなかったのですが
今の自分にはビンビン響きまくりです。

今の自分に必要な情報が書かれていました。

その情報に出会うために「本棚の整理をしよう」という気持ちが涌いたのかもしれません。

そして10年前に手に入れたその本は、
10年後の私が読んで役に立つようにと
10年前の私が知っていたのかもしれません。

そんな風に考えると、本との出会いも面白いものです。

ちなみに津留さんの本に書かれていたのは
観念浄化の方法や、なぜ観念浄化が必要か、
ということなど。

以前に読んだ時は観念浄化の重要性も良くわからなかったし
こんな単純なことで人が変われるわけがないと思いました。

「M2テクニック」という観念浄化法が紹介されていました。

感情や思い込みのエネルギーを解放する方法です。

今ではむしろそれをすることがとても大切であり
深いヒーリングにもなると思っています。

 

大いなる存在と繋がるヒーリング-日常生活での瞑想の実践

2017.01.05

宮城県仙台市のヒーリング整体・やすらぎの杜整体院です。

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大いなる存在と繋がるシンプルな方法は
瞑想の実践です。

日常生活の中に瞑想を取り入れることで
大いなる存在との繋がりを感じることが出来ます。

大いなる存在とは、本当の自分です。
魂、神、宇宙、ハイアーセルフ、高次の自己、
いろいろな呼び方があります。

そのような存在は普段は意識されることがありません。
なぜなら思考によって覆い隠されているからです。

瞑想により思考が鎮まっていくと
思考していなくても意識が残ります。

その意識が残った状態がとても安らいで
心地良くてリラックスした状態になります。

エネルギーが充電される感じがしますので
なるべく毎日実践しています。

身体の内側のエネルギーも感じやすくなります。
ということは自分の感情にも気づきやすくなります。

様々な気づきがもたらされます。

深い瞑想に入ると自分と空間の境目が
わからなくなるような体験をします。

自分が呼吸しているというよりも
宇宙に呼吸させられているという感覚になります。

自分が生きているというよりは
生かされているという感覚が強まります。

そんな意識にリセットされます。
習慣的に瞑想している時の方が
物事もうまく運びやすい感じがします。

きっと無駄な力みが取れたり
宇宙のリズムと同調しやすくなるからかな、
なんて考えています。

大いなる存在と繋がるヒーリング

大いなる存在と繋がる方法は瞑想が唯一の手段ではありません。

今この瞬間に気づいていること。
意識が今ここに在ること。
思考が鎮まっていること。
今この瞬間に起きていることにありのままに気づいていること。

それらは瞑想と同様の効果をもたらします。
日常生活の中で実践すれば日常生活そのものが瞑想になります。

ヒーリングをもたらすエネルギーと繋がれて生活出来ます。

歩いている時は歩いている自分の身体に気づく。
聴こえている音に気づく。

お皿を洗っている時は、手にかかる水の感触に気づく。
お皿や洗剤のついたスポンジの感触に気づく。

呼吸に気づく。

……

ところが、ほとんどの場合、頭は何かを考え続けています。
思考で頭の中がいっぱいになっています。

今この瞬間に起きていることではなく
すでに起きてしまった過去の出来事や
まだ来ぬ未来のことを考えています。

思考により意識が乗っ取られた状態で生活しています。
そういう人が人類のほとんどです。

頭で何かを考えながら生きていることは
実は無意識の状態で生きているとも言えます。

意識的に生きるとは、むしろ思考が鎮まり
気づきが伴った生き方です。

そのような毎日を生きることで
自然とヒーリングエネルギーが流れはじめます。

エックハルト・トール「超シンプルなさとり方」

2016.12.30

宮城県仙台市のヒーリング整体・やすらぎの杜整体院です。

エックハルト・トールの本を何冊か読みましたが
この本は実際のワークがいろいろ載っていてお薦めです。
人生が楽になる 超シンプルなさとり方 (5次元文庫)

悟り系、目覚め系の本を読んでも
さっぱり訳の分からないことも多いですが
(元々理屈で捉えようとすることに無理がありますが)
この本は具体的にどうしたらよいのか、ということが
書かれています。

身体の内側のエネルギー(インナーボディ)を感じるワークが
詳しく書かれていますが、非常に役に立ちました。

それを感じながら施術をするだけでも
ヒーリング効果が高まる気がしています。

大いなる存在と繋がる、と言っても何をどうしたらいいのか
さっぱり手がかりがつかめませんが、今この瞬間の
身体に意識を向けることでそれが可能になります。

この感覚がわかってから、自分の整体の手技は
どんどんシンプルになってきたし
それに反比例するように手技の効果も高まった
という感じがしています。

同じように触れたり、手技を行うにしても
大いなる存在、源にアクセスした状態だと
自然に必要なことが起こるように思います。

超シンプルなさとり方とヒーリングの関係

エックハルト・トールの本やDVDはいろいろ発売されていますが
この本は小さい文庫本ではありますが人生を大きく変える可能性を秘めています。

大いなる存在と繋がるための方法が詳しく解説されています。

ヒーリングという言葉は出てきませんが、まさにヒーリングに必要な内容だと感じています。ヒーリングを行う人にとっても、ヒーリングを必要としている人にとっても。

この本に書かれている方法を実践することで、本質に気づき、本当の自分に覚醒する。そういう人が増えれば世界は穏やかに平和になっていくでしょう。

平和の為の活動は、時に争いをもたらします。
これまでの世界の歴史を見ても明らかです。

ヒーリングも世界平和もまずは自分から。
自分を癒せる人以外に平和が訪れることはありません。

周りの世界を変えるのではなく、自分の内面に平和をもたらす。
それが究極のヒーリングであると考えています。

自らを深く癒し、平和な個人が増えていけば
結果としてその世界は平和になっていきます。

まずは自分をヒーリングして自分を癒し
自分が平和な人になる。

そんな人になりたいと思います。
そしてその人が自分の心に平和を取り戻すお手伝いをしていきたい。

それがヒーリングの役割だと思っているし
そういうヒーラーになりたいと思っています。

 

さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる

2016.12.28

宮城県仙台市のヒーリング整体・やすらぎの杜整体院です。

目標を達成して一時的に満足して、
また新たな目標を立ててそれに向かって頑張って
達成して一時的に満たされて、、、

結局どこまで行ってもこの繰り返し。
いつまで経っても永遠の幸せは来ない。

それに気づいてしまって、どうしたらよいものか?
と考えて、悟るしかないって思ったわけです。

悟るというと、世界の歴史に出てくる聖者や
お釈迦様やキリストが到達した意識。

そんな体験?が出来るものか、と思っていた部分もありますが
エックハルト・トールの本を読んだ時に初めて悟りが身近に思えました。

でも、最初に読んだ時にはあまりピンと来なくて
読んですぐに忘れていました。

それから何年も経って、またいろいろな本などで
エックハルト・トールの名前を目にしました。

悟ったと言われている人達が自身の本や動画などで
エックハルト・トールの話をよくしていました。

それで私も以前に買った本を読み返してみたり
新しく本やDVDを買ってみました。

一番最初に買った本はこちらです。

さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる

生きがいの創造の飯田氏が監修ということで買いました。
でも読んだ当初はあまりピンときませんでした。

現実的な願望実現や自己啓発の方に興味があったので
いかに成功するかということばかり考えていました。

再び読んだのは10年近く経過した後でした。

悟りの探究

いろいろな出来事があって悟りというものに興味が高まりました。

悟れば永遠の平安を手にすることが出来る。
外側の物には左右されない絶対的な幸せが手に入る。

そんなものを悟りを得ることで求めたいと思いました。

しかし、そのように考えていること自体が自我の働きであり、
その自我を捨てることでしか悟りを得ることは出来ないこともわかりました。

悟りたいと望まないことには悟ることはないし
悟りたいと望むほどに悟りは遠ざかる。

この悟りのパラドックスは頭で考えても混乱するばかり。

とにかく自我を減らし、思考を鎮める。
思い込みを手放していく。

日々穏やかに楽しく過ごせればいいと思いながら
悟りを得たいと強く切望する自分もいたりします。

エックハルト・トールの本を読んだことがきっかけで
悟り、目覚めの体験をした人は数多くいます。

そして、その悟りにも段階があるようです。

神秘的な体験をしてその後ずーっと幸せに生きられるかと言うと
そういうわけでもなく、悟った後に本当の修行がスタートする
とも言われています。(悟後の修行)

ネガティブな感情がなくなるわけでも
至福感に満たされた状態が続くわけでもないようです。

悟ったからと言って聖人君子のようになるわけでもないようです。

現在は、悟ったと言われる人たちの文章を読んだり
動画を見たりして悟りの観点からのモノの見方を学んだりしています。

わかったようなわからないようなこともたくさんありますが
今はそのようなことを学ぶことがとても面白く感じますので
どんどんそっちに進んでいこうと思います。

セラピストも自分を癒すことが大切

2016.12.02

宮城県仙台市のヒーリング整体・やすらぎの杜整体院です。

魂のヒーリング

ヒーラーやセラピストを名乗る人が年々増えていますが
まずは自分自身を癒していくことが大切かと思います。

自分を深く癒す過程でセラピーの質も深まっていくように思います。

ヒーリングセッションは単に技術やテクニックだけでなく
ヒーラー自身が癒されていることも大切です。

癒されているとは、エネルギーの循環が良いことです。
自然と調和している状態のことです。

まずは自分がそのような状態であるからこそ
一緒にいるクライアントも同調して
癒されていくのです。

もしくはヒーリングが起こるのです。

ヒーリングは結果として起こるもの。
与えたり、与えられる「もの」ではないのです。

ヒーラー、セラピストのお仕事をしている人ほど
自分自身の癒しということに本気で取り組む必要があります。

自分が安心して穏やかでいられる。
心の底から安心して毎日生きている。

なかなかそのような状態に至っている人は少ないです。
多かれ少なかれ気分や感情の波はあります。

でも、思考や感情を静かに見つめている
もう一人の自分、奥にいる自分に気づくと
穏やかな気持ちを取り戻すことが出来ます。

それが「魂から生きる」ということかもしれません。

自分が魂から生きる生き方を選択することで
他者が魂から生きるお手伝いが出来るのではないか
そんなことを考えたりしています。

ヒーリングの質とセラピストの関係

もしかして、ヒーリングの質とセラピストがどれだけ癒されているか、
ということは関係しているかもしれません。

セラピスト自身が深く癒された人である場合に
そのセラピストが提供するヒーリングはより質の高いものになるのではないか。

そんな風にも感じます。

セラピスト自身が迷い、悩み、苦しんでいる状態で
提供するセラピーやヒーリング。

セラピスト自身が深く癒され、自然と調和した状態で
提供するセラピーやヒーリング。

どちらを受けたいかと言えば
私は後者の方を受けたいと思います。

ですから、セラピーを提供する側として
日々自分自身を癒し続けることも大切にしています。

心地良い選択をすること
自分を大切にすること
今この瞬間に気づいていること
ありのままを受け入れること

人間ですから自我に引っ張られたり
わかっちゃいるけどやめられないこともあります。

そんな自分もひっくるめて受け入れ認めていく。
そんな作業も自分を癒すことになります。

自分の内面を見つめる作業。
時には苦しさを感じる事もあるでしょう。
勇気が必要な事もあるでしょう。

自分自身に対してそのような作業にしっかり取り組むことこそ
セラピストとして必要なのではないかと考えています。

 

気づきと癒しとヒーリング

2016.11.30

宮城県仙台市のヒーリング整体・やすらぎの杜整体院です。

気づきとヒーリング

当院のヒーリング整体では対話を重視しています。
対話と言ってもただ世間話をするわけではなくて
身体との対話と魂との対話を心がけています。

身体に出ている症状は魂からのメッセージを含んでいます。
だから症状を消そうとやっきになるのではなく
症状が何を訴えようとしているのか?という視点を
大切にしています。

そのメッセージに気づいて欲しいから
魂が身体を通じて症状を出しているのです。

どうやら病気や不調というのはそういう仕組みで
現れるようになっているようなのです。

現代医学では痛みや症状は悪いものだから
押さえてしまおうという考えがベースにありますが
当院ではまた違った考えに基づいて施術をしています。

魂のメッセージに気づくことで
自然と回復への道がついてきます。

気づき=癒しであり、ヒーラーから何かの施術をしてもらうのが
ヒーリングというわけではないのです。

自分で気づくことが出来れば、それがヒーリングになることもあります。
一般的なヒーリングサロンの考えとはまた少し違っているかもしれませんね。

身体に出ている症状は悪いものではありません。
生き方を変えるためのきっかけ、メッセージを含んでいます。
あなたの生き方が変わるチャンスかもしれません。

このような考え方をしているサロンや整体院は
まだまだ少数派かもしれません。

でも本当のことをお伝えしたいと思っています。

気づきのヒーリング整体

多次元操体法の施術は繊細な感覚を大切にします。

一方的な施術ではなく私とクライアントさんとの共同作業で行います。
より積極的に施術に参加して頂きます。

一緒に感覚に気づき、その感覚を共有しながらセッションを行います。

整体でもヒーリングでもその人の気づきがなければ
何の解決にもならないと思うんです。

一時的に症状が改善しても根本原因が変わらなければ
だいたいまた症状がぶりかえして再発します。
または別の部位にメッセージとして症状が出てきます。

身体の感覚に気づくことで、心の内側にも気づきやすくなります。

押し殺してきた想い
見て見ぬふりをしてきた想い
気づかないようにしてきた想い

そういう想いのエネルギーが表面化して症状になります。

気づきが癒しを引き起こします。
テクニックとしてのヒーリングではなく
気づきを促すきっかけになるようなヒーリングをしていきたいです。

それは手技であっても言葉であってもいいと思うんです。
それが気づきのきっかけになってその人がより本質に目覚める機会になれば
その媒体は何でもいいと考えています。

 

今この瞬間とヒーリング

2016.11.21

宮城県仙台市のヒーリング整体・やすらぎの杜整体院です。

今この瞬間とヒーリング

悟りや覚醒に関する本を読むと必ず出てくるのが
「今ここ」もしくは「今この瞬間」というキーワード。

今この瞬間に気づいていること。

どの覚者もそのことについて述べています。

今この瞬間への気づきを深めていくことで
ヒーリングが起こるという体験をしました。

今ここと繋がるほどにエネルギーの流れが良くなり
すなわちヒーリングが起こるのではないか、
そんな仮説を元に当院のヒーリング整体は
発展してきました。

ただ触れるだけで身体が変化したりしますが
ただ触れているだけでなく、しっかり今この瞬間と繋がっています。

だからそこにエネルギーが流れて必要なヒーリングが
起こるのではないかと考えています。

整体をするときもその意識でやるようになって
施術効果も上がったしより少ない刺激で
身体が変化するようになりました。

今ここと繋がりながら整体をする。
今ここと繋がってヒーリングをする。

普段の何気ない動作をするときも
何もしていないときも

今ここに気づいている。

気づきと癒しは繋がっていると思います。

 

 

 

アクセス情報

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所在地

〒983-0833
宮城県仙台市宮城野区東仙台1丁目8-20B

JR東仙台駅から徒歩3分

駐車場

2台完備

休診日

日曜、第2第4木曜