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ホームには誰もいない-ヤン・ケルスショット著

2017.02.04 | Category: 悟り 覚醒 気づき

ホームには誰もいない という本を読みました。ジャンルで言うと悟り、気づき、目覚め、覚醒などの分野の本になります。ノンデュアリティ(非二元)という言い方も最近ではよく目にするようになりました。

ホームには誰もいない―信念から明晰さへ(覚醒ブックス)
ホームには誰もいない―信念から明晰さへ(覚醒ブックス)

著者のヤン・ケルスショットさんは7歳の時に「もし自分がいなければどうなっていただろう?」との疑問を持ったそうです。それがきっかけで後に究極の真理の追究へと繋がっていったらしい。

禅仏教やタントラ、アドヴァイタ・ヴェーダーンタなど東洋の叡智を追究して、トニー・パーソンズというこれまた悟りの教師的な有名な人がいますが、この人と出会って探求の終わりを迎えたそうです。

ちなみにタイトルにある「ホーム」というのは駅のホームではありません。魂の源のようなところ。本当の自分を追究してたどり着いたところには誰もいなかったという真理についてわかりやすく解説した本です。

そもそもこのような真理は言葉で表現することは不可能だと言われています。覚者、悟ったと言われている人達の本を読むととてももどかしい表現がたくさん出てきます。

「すべてはそれであった」「この宇宙にはそれしかない」等など。

「それ」、とか「これ」としか表現しようのないものなのでしょう。うまく言葉にできないもどかしさも抱えながら何とか言葉で表現しようと試みている感じが伝わってきます。

特に非二元の世界について書かれた本は難解で意味不明なものが多い印象がありますが、その中でもこの本は比較的わかりやすくこの世界の本質について解説されているように思います。

本の中では様々なワークも紹介されています。ワークを実践することでいつもと違った視点から世界が見えてきます。

悟りに修行は必要か

この本も近年出版されている覚醒した人々によって書かれた本も、悟りの為に修行は必要ではないと書かれています。昔の覚者、聖者のように必ずしも断食や瞑想や苦しい修行を繰り返して覚醒に至るという道を辿らなくてもいいようです。

日常生活の中で一般の人が悟ることも可能であるということなのです。この本に書かれているワークを繰り返しているうちに何かが起こるかもしれません。また覚醒に神秘体験が伴う場合もありますが、必ずしもそれが起こるわけでもなく、起こったから凄いとか何か意味があるとかということもないようです。

悟ることで、聖人君子のようになったり、一生悩みとは無縁に生きられるようになったり、問題がすべて解決したり、といったイメージも一般的にありますが、それらも単に思い込みが作りだした世界であり、悟りとは無関係の話です。

悟りに興味を持ち、その道の探究を始める人には二つの種類の人がいると聞いたことがあります。一つは今の苦しみから逃れたい人や願望実現の延長で悟りに興味を持った人。もう一つは真理の探究をしたい、本当の自分を知りたいという人。

私はどちらも当てはまるような気がします。いろいろな自己啓発や願望実現の本をたくさん読んで実践してきましたが、結局は幸せになりたいという最終目的にたどり着きます。

そしてどんなに自分の外側を物質的に豊かにしても、内面の幸せとは無関係であるとはっきりわかりました。もちろん達成感や満足感はありますが、それらは一時的なものでいずれ消えていくものなのです。

そこから究極の問題解決、究極の願望実現は悟りだ、思って真理の探究に興味を持ちました。本や動画などでそういう情報に触れるようになっていきました。

それに私は本当の自分を知りたい、人間とは何か、人生とは何かということに10代の頃から興味を持っていましたが、年々わかりやすい情報が増えて来てありがたいと思っています。


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